金融分野で極大化するTPPの影響 新保険の影響で

◆SAREX News 2015年11月◆


TPP交渉が大詰めを迎えている。関税引き下げで益する製造業と、打撃を受ける第一次産業。利害得失の相半ばするTPP交渉の中で、最も影響を受ける産業が実は金融分野である。住宅市場とも関係の深い保険分野へのTPPの影響について考察してみる。

 

■なぜ、割安な米国生命保険が伸びないのか■
直近の国別民間金融資産をドルベースで比較すると、アメリカが65,352,002で断トツ、日本は3位以下をぶっちぎりの16,248,116で第2位。以下、英国7,509,711、ドイツ6,325,054となっている(2013年データ、単位はmil.US$)。
GDPこそ中国に抜かれ沈みゆく成熟国と目される日本だが、どっこい個人金融資産に目を転ずれば、米国の金融会社から見ると垂涎の的に映る。
16.7兆ドル(2013年)のGDPを持つ米国最大の産業は金融業であり、その比率は20%に及ぶ。その米国がTPP交渉で最注力する日本市場は金融分野の保険である。
過去、日米貿易交渉において米国は繰り返し日本市場の閉鎖性を攻撃してきた。その一例を挙げると、日本の生命保険が国際的に見て割高であることだ。
実際に日本の生保と比べると米国の生命保険は保険料が半額~2/3程度と廉価にも関わらず販売シェアが伸びない。その理由は「日本市場の障壁」とされてきた。
これは市場構造の違いに基づく米国の誤解である。定量より定性を重視する日本の消費者心理を米国が理解できないでいるに過ぎない。
しかしながら、日本の生保が高いのには訳がある。
ネット保険の普及により往時に比べれば減少したものの、生保販売の主力は依然として「生保レディ」と呼ばれるおばちゃん軍団が担っている。近来最大級の株式上場が予定されているかんぽ生命然りである。全国津々浦々に張り巡らせた郵便局網のマンパワーこそがかんぽ生命の商品力である。
日本の生保や簡保は高いコストが付加保険料に転嫁されるため保険料が高くなる。 販売する側も購入する側もよくわからない商品である生保はGNP(義理と人情とプレゼント)の販売で培われているのである。

 

■生命を金融化する米国、破綻を商品化する日本■

米国のTPP交渉を背景とした狡猾なネゴにより、かんぽ生命は当面の間、保険新商品認可を停止されている。株式上場で収益拡大の市場圧力が高まる経営環境の中で、アメリカンファミリーとの業務提携は同社としては止むを得ない選択肢である。
米国は、日本市場のがん保険の75%シェアを占める「アフラック」のような2匹目のドジョウを生保と医療保険分野で虎視眈々と狙っているのだ。
生保商品としてユニークなものに「デスボンド(死亡保障債券)」がある。
生命保険の金融派生商品であるデスボンド(死亡債)は余命期間が明らかな生保契約者から保険契約を金融機関が買い取り、買い取り価格と保険契約者の死亡保険金の差益証券化商品として販売されている(日本では生保の買い取り自体が禁止)。墓に金を持っていけぬ契約者側にも金融側にもメリットがあり、不動産、株式、投資商品のような金融商品よりも景気変動リスクが低い。最低購入単位は高額だが、7%強という高利回りな商品の認可を真っ先に米国は要求してくるに違いない。
人の命をディールすることと、負債となる可能性大のアパートを売ることのどちらが人倫にもとるかは価値観の違いである。

 

■米国の住宅ローン保険と日本市場参入■

米国の住宅ローンは、債務者金融である日本の金銭消費貸借契約とは違い抵当金融(モーゲージ)である。モーゲージローンでは抵当権を実行すると債務も消滅し、日本のように住宅を手放してなお残債を請求されることはない。
住宅ローンの安全弁もまた異なる。日本では団体信用生命保険で生命を担保に住宅ローン債権保全を図るのに対して、米国では住宅ローン保険(モーゲージインシュアランス)が活用される。
記憶に新しいところでは、サブプライムローンのような住宅バブルの崩壊が起きると抵当権を実行しても担保価値が大きく下落して残債がオーバーしてしまう。そこで住宅ローン保険(抵当保険)がその差額を補てんすることとなる。貸し手側の金融機関と借り手側の債務者のいずれでも申し込みができる。信用力の高い借り手や頭金の多い借り手は金融機関が保険料を負担し、そうではない借り手は自身で保険料を負担する。デフォルトリスクに応じた保険活用はいたって米国流である。
かつて2006年にSBIグループがジェイワース・モーゲージコーポレーションと提携し、住宅ローン信用保険として販売したことがある。SBIグループの紆余曲折と住宅ローン金利バーゲン競争の中に埋没し、住宅ローン保険は定着することなく終わってしまった。
TPP批准を契機に始まる本格的米国生保、医療保険の参入で、団体信用生命保険がどう変わるかは見ものである。


>Back numberはこちらからご覧いただけます。