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第3回 工務店経営者の条件

1.住宅産業の誕生

 大戦後十数年経って「もはや戦後ではない」と言われ出した昭和35年頃から、我が国の産業構造が大きく変わりはじめた。東京オリンピックの招致に成功し、国民が敗戦で失った自信をやっと取り戻し始めた時期に、世界銀行から借金をして東名高速道路をつくり、オリンピックに間に合わせようと突貫工事で東海道新幹線が東京から大阪まで開通した。自動車産業が台頭し、マイカー時代が始まり、国産の乗用車が初めて北米に輸出されるようになったのもこの時期である。この時期が、ものづくりにおける戦前戦後の分水嶺だったと考えられる。
 家づくりにおいても、アルミサッシュ、プラスターボードなどの新建材・新部品が出現。電気鉋に始まる電動大工道具の普及など、全てこの時期に誕生・普及した。また、高学歴社会を迎え、大工職人をはじめ、技能者のなり手が減り、職人の不足が始まったのもこの時期である。
 昭和40年代に入ると「住宅産業」という言葉が登場し、その経済規模は年間1兆円を超えるとマスコミなどで囃子立てられた。この「住宅産業」とやらに、我も我もとそれこそ「バスに乗り遅れるな」とばかりに異業種からの参入が増加した。これに対して、当時の工務店は時代が大きく変遷しつつあることに気づかず、何ら手を打とうとしなかった。
 それと併せて、大戦後の住宅を語る上で見逃せないのが、国が作った住宅金融公庫であろう。それまでの住宅月賦販売会社の日本電建、殖産住宅、太平住宅などに取って代わって―最近金融機関にバトンタッチするまで「公庫仕様」と称した標準化で我が国の住宅建築の主役を担ってきた。
 また、異業種からも「プレハブ」と称する工業化住宅が数多く現れ、地域工務店から徐々に顧客を獲っていった。当時のプレハブ住宅というと、工事現場の仮設建物に毛の生えた程度のものであったから、工務店としては鼻で笑っても、自分たちの敵ではないと高を括くっていたが、現在のプレハブ住宅は立派な商品として成長した。
 そして昭和40年代も末になり、北米から2×4工法が輸入され(オープン化)、大手商社が参入してきた。木材産業からも本格的な住宅会社が進出し、工務店は徐々にシェアを奪われ、以後家づくりの主役から去る者も少なくない。
 現在の家づくりは、年間50万前後の戸建て住宅を、これら商社(プレハブメーカーなども私はこのように呼んでいる)・材木商組と、我々地域工務店とが二分して建てているというのが実情であろう。
 商社材木屋のつくる住宅と、我々職人集団のつくる家とがうまく住み分けできればこれにこしたことはないのだが、数を追求する商社の矛先を如何にかわすか。住み手主役の家づくりができる我々工務店はどう進むべきかを考えてみたい。

2.工務店の構造改革

 昭和30年代、プレハブ住宅をバカにしていた工務店は、それと同様に機械プレカット加工の革命を大して気にしてはいなかったが、ここへ来て軸組みのプレカット率が右肩上がりに伸びていることに何か感じているのだろうか。
 十数年前に手動のミニプレカットラインを導入して、その頃から100%機械プレカット刻みをしていた筆者も、現在のCAD/CAMによるプレカットの発達は、当時の予想をはるかに越えるものがある。
 冒頭に述べた昭和30年代が家づくりの第1次革命期だとすれば、現在は第2次革命期と言える。品確法に始まり、シックハウス対策などに加え、工法の革新、資材流通システムの変革…などなど。我々工務店として如何に構造改革できるか、またどう変わるべきかを真剣に考える時である。
 変わるべきものとしては、経営・技術・営業など全てを革新しなければならないが、いの一番に変えなくてはならないものは、トップである社長自身の意識革新である。
 現在多くの工務店が取り組んでいる、工務店CALSを駆使しての経営と施工管理を一体化したIT化革命を進めることも重要だが、その前に、社長の意識改革こそ最重要課題である。
 そこで、社長の意識をどう変えるのか、社長のすべき業務、社長の仕事とは何かを考えてみたい。
 先日、ある生命保険会社の「社長に聞く」というアンケートを見たのだが、その中から2、3紹介したい。
 まず、「社長は1日何時間働いているか」との問いに「10時間以上」と答えた社長が80%以上いたことに驚いた。このことは社長が本来やるべき社長の仕事以外の、部下がやるべき仕事の分野にまで手をつけているのだとしか考えられない。
 また、「誰のために経営しているか」との問いには、創業時においては自分のためと答えた社長がほとんどであった。そのように答えた同じ社長に「では、現在は誰のためと思っていますか」と聞くと、全員と言ってよいほど「顧客のため、従業員のため」と答えている。
 筆者も「自分のために」と思って創業したが、50年近く経営をしてみて「自分のために経営する」ではいくら頑張っても成功しないことが、ここに来てやっと悟ることができた。

3.社長の仕事

 全国の工務店有志が作った、工務店の支援組織として活動しているのがSAREXであるが、SAREX参加工務店経営者の履歴を見てみると、大部分が2代目、3代目といった親からの継承者である。そして、ほとんどが学校で建築を専攻し、自社あるいは他社で数年勤めた後、親元に戻り社長を継承したというケースが多い。
 他に創業者としての社長の出身を見てみると、かつてはほとんどであった大工職出身は消えて設計業、材木商、現場監督、住宅営業などからの転入組が多い。
 「あそこの工務店の社長は、たたき上げだから本物だ」などとよく言われるが、大工棟梁が主役の家づくりならそうも言えようが、家づくりの1パートナーでしかない大工技能だけでは社長は務まらない。
 また「工務店経営者は技術屋でなければいけない」とか、逆に「技術屋は視野がせまいので、営業出身でなければいけない」とかいうことをよく耳にするが、経営者の資質としては大した問題ではないと思う。スーパーマーケットの店長出身であろうと、事務系サラリーマン出身であろうとかまわない。
 前回述べたように、工務店の社長は「統領」でなければならず、統領は全てをまとめて治めるのが本分であるとするならば、社員の技術と協力職方の技能を向上させるべく、ベストを尽くすことが社長の第一にやるべき仕事である。
 設計出身の社長は、設計を自分以外の者に任せられず、休日にひとり出社してぼやきながら仕事をしているが、「社長自ら設計してくれた」と喜ぶ客はまずいない。
 また、現場出身の社長は社員の作った実行予算や発注書などが気に入らず、これも社員が帰ったあと夜遅くまで赤ペン片手にチェックし、現場に行くと施主の前でも平気で職人にクレームをつける。自分では一生懸命社長として頑張っているつもりだが、これでは社員・職人が成長しない。
 このようなタイプの社長がほとんどであるが、その一方で「付き合い」と称してゴルフだ、釣りだ、と平日でも平気で出かけている社長もいることはいる。そしてこのような付き合いを重視する社長は、ロータリーだ、商工会議所だ、と商売にあまり関係のないことに時間を潰していて、その方が会社にいる時間より多い。
 しかし、このような会社はだいたい社員がしっかりしていて案外うまくいっていることがあり、皮肉なものである。
 社長の仕事の第一は、社員の素質を伸ばし技術力を向上させるべく教育することであるが、それだけで良いというものではない。
 非技術系出身の社長ならば、住宅建設技術の基本については社員と共に学ぶことが不可欠であろう。また技術系の社長ならば、更に日々進歩する技術情報を受けて社員教育の充実を計らなければならない。

4.社長の分身づくり

 昔、住宅などをつくる「町場大工」に対して官庁、学校、工場などをつくるのを「野丁場大工」と言い、この野丁場の現場監督の長を「代人」と言った。代人とは代理人のことであり、工事の総指揮者である。つまり、代人とは社長の代理人ということであり、社長に代わって全てをまとめて治める義務と権限が与えられていた。
 大工棟梁の家づくりに替わって設計者と現場管理者のパートナーが家づくりの主役とするならば、社長の代人としての設計者・現場管理者を社長自身の分身として、如何に育成するかが社長の責務であり、工務店発展の原点である。
 では、いかなる分身を作るのか。それは、社長の家づくりに対する理念を踏襲し、社長と同じDNAを持ち、その理念実現のために技術と人格の向上に励める、社長を超えた分身であらねばならない。この時初めて、かつての代人と呼ばれた現場監督者が誕生し、社長以上の仕事ができるのである。このことなくして、家づくりで顧客の満足を得ることはできない。
 工務店の規模業容の拡大は、営業戦略とか、支店をつくり住宅展示場などを設置・拡大を計る前に、如何に社長の分身を誕生させるかにある。ゆえに、社長の仕事の第一は己の分身としての幹部教育が全てなのである。

5.『プロジェクトX』に学ぶ、ものづくりの心

 NHKの人気番組である『プロジェクトX』は、我が国のものづくりが見直されるきっかけを作ったことで有名である。
 何がこの番組をして多くの人々の共感を得ることができたのかを考えてみると、それはこの番組に登場する全ての人達に共通している「ものづくりに対する信念」に心を打たれたのであろう。
 その信念とは、利潤とか功名とかを求めてものづくりに励んだのではなく、ただひたすらに「世のため人のため」だけを思って力を合わせること。そうした人々の物語は、まさに家づくりに携わる者の指針となりうるものである。
 放映された番組の中で、我が国が世界に先駆けて開発した医療器械が、現在世界中で病気の早期発見に貢献している事実を知り、感動した。内視鏡と並んで開腹しないで診断することができる超音波診断器(エコー診断器)―。診断の遅れから1人の患者を助けられなかった医師と、それに協力した電子技術者の開発物語がそこにはあった。
 この人たちは大病院の医師でも、大企業の技術者でもなく、いわば中小企業とも言うべきところに所属する人たちであった。所属する会社から開発費を打ち切られ、自分の家を担保に資金を調達して開発に励み、困難に打ち勝ち完成させたのは「1人でも多くの病める人々を助けたい」という一念だけであった。
 住宅産業界からは100年経っても、この『プロジェクトX』に登場するチームは出ないであろう。なぜならば、今の住宅メーカーの全てが利潤追求が第一であり、「世のため人のため」に家づくりをしているなどという理念を持っている者は皆無だからである。それは我々工務店でも例外ではない。
 医療器同様、住宅も生活の安全・健康に深く関わりのあるものである。この家づくりに携わる一員として、大きく反省させられたTV番組であった。
 資本主義経済の中での大手住宅メーカーは、利潤追求が第一であり、そのためには、ユーザーの多少の不利益はやむをえないというのが本音であり、宿命的にやりたくてもできない。―であるとするならば、適正経営規模を持った我々工務店こそが『プロジェクトX』で取り上げてくれるような仕事をすべきではないだろうか。
 ボランタリーチェーンとして全国の有力工務店を組織し、太陽熱を利用したエコロジーシステムの家づくりなどはこの『プロジェクトX』に登場できる業界唯一のシステムであったが、この会社も、経営規模が大きくなり過ぎ、利潤追求に走らざるを得なかった。
 このシステムが本当にユーザーのため、省エネのためを第一に考え、工法をオープン化し、普及に努めていたならば、すでにこの番組で取り上げていただろう。

6.工務店社長の資格

 工務店社長の資格などと大上段に振りかぶったが、あえて言うならば、まず第一は社長として正しい経営理念を持つことである。正しい経営理念とは、月並みではあるが「自分の企業は世のため人のために存在する」このことのみである。経営規模の拡大とか、資産の蓄積とかは、その結果であって、社長が如何に分身に恵まれるかで決まるが、これは社長の天運の分野であって、運命としか言いようがない部分もある。
 社長の資格の第二は、社員を始め、協力専門職方をまとめて治められることである。そのための社員教育とは、社長の経営理念を社員および職方に徹底的に理解させ、社員と職方に家づくりに関わるビジョンを示し、夢を与えることである。そのための研修に時間と金を惜しまない。社長とその技術屋集団が家づくりの将来に夢を描き、その夢に憧れて生きていくチームのリーダーとして牽引して行くことができるのが社長としての条件であり、資格である。
 前項でも述べたように、工務店経営者の条件とは「利他の精神」で家づくりができるかどうかだけであり、プロであろうと、素人であろうと、商人であろうと、技術屋であろうとかまわない。
 工務店経営者の必須条件として、筆者が工務店経営から学んだことは下記の3点であり、これを先ず後継者に継承させたい。
1. 正しい経営理念を持つ (社会に有用な会社づくり)
2. 社員・職方の育成と、和を尊ぶ (チームワークの確立)
3. 社員に夢を与え、ともに憧れて生きる (個人、会社共通の希望づくり)

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