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8.我が社の構造改革

 中野工務店は「顧客の喜び追求のために家をつくる」という目標がはっきりと確認された。
 そのためにはどうしたら効率のよい経営ができるかを考えた時、建築ならば何でもこなす、という従来の姿勢を改め住宅一本に絞ることにした。
 今まで毎年大型の公共工事を受注していたのが、自治体のいわゆる、箱物行政からの転換ということで発注量が激減した。
 必然業者間の競争も熾烈を極め「叩き合い」と称する赤字覚悟の落札が増えた。それに加え新規参入業者らのマスコミなどへの情報通知が相次ぎ(談合をしたなどの)、その度に入札が延期になるという事態が頻繁に起こるようになった。このような事態に嫌気がさし、思い切って公共工事から撤退することを決断して、指名参加願の提出を打ち切った。
 今までは、理不尽と思いながらも仕事欲しさに妥協して受けていた仕事も、納得がいかなければどんどんこちらから断るようにした。
 社員も顧客満足度が向上すれば、それに比例して受注が増加するという信念を持つようになってきた。今までの数の追求から、全受注戸数の100%顧客満足を目指す、取りこぼしのない家づくりの追求にシフトを替えてきた。

9.社長交代

 情報産業の会社に勤めていた私の長男が数年前に我が社に入ってきていたが、平成14年に新生中野工務店誕生の証しとして長男と社長を交替し、私は会長となり、財務改善のみに専念し営業面には一切口を出さないようにした。
 現場における技術については、注意とアドバイスは続けているが、今までの反省から社員を信頼し、多少のミスを責めることはせず、社員、職方共々、育てることに重きをおいた。
 新しい社長になってから、というより私がいちいち社員の仕事に口を出さなくなってからと言うべきか、会社が見違えるように明るくなってきた。新しい社長は私の時のように実行予算書を片手に社員に激を飛ばすようなことはせず「私が見るより、専門家の皆さんが責任を持ってやって下さい」と言うだけで全てを任せた。そして、客の当社に対する反応をチェックすることに力点を置いているようである。
 社長を交替して、4年目に入ったが、私が50年近く掛かって、気付いた「顧客満足第一」の考えが、いつのまにか会社全体にしみわたってきた。
 顧客満足第一、利益確保第二となれば、当然利益率は低下する。低下した分は客から、もらい損ねたのではなく、こちらに(自社に)原因があるのだと思うようになった。
 利益の落ちたその分、当社に無駄なコストがあると言うことだろう。今までは、当社の過剰コストを施主に払ってもらっていたに過ぎなかった。それでは顧客満足を得ることはできない。
 固定経費率は、支払利息は、過剰設備は、などなど会長である私の仕事は一向に減らない毎日である。

10.一極集中注文住宅に特化

 その頃、ある経営セミナーでアサヒ飲料株式会社の中條高徳会長(当時)の講演を聞いた。中条会長はアサヒビールの常務時代、アサヒスーパードライという新しい味を発売してキリンビールを追い抜いたことで有名な経営者であり、その体験を通じ経営とはかくあるべしというものであった。
 その講演の中で気付いたことがあった。それは、中条会長が海軍士官として作戦に従事していた時の体験から、海軍には一極集中作戦というものがあり、それに倣い新製品発売のポイントを定め全戦力を一極に集中することを実践してアサヒスーパードライの成功があったというものであった。
 創立以来、木造住宅から、プレハブ、2×4、RC、鉄骨、果ては鉄骨加工の鋼構造にまで手を広げ、公共工事を手がけ、ゼネコンもどきの経営を行ってきたが、どれもこれも力足らずに終っていることに気付き、注文住宅に全力を傾注した。
 顧客に喜んでもらう経営に徹するためにも、住宅こそものづくりにとって、これに優るものはないと確信して、木造注文住宅に全力を傾注することにした。

11.すべての人々に、夢、希望、喜びを

 A Small Factory with a Big Dream.
 これは、富山市にある株式会社光岡自動車のホームページの冒頭に出てくるフレーズである。光岡自動車はユニークなデザインの手づくり乗用車を発売している、完成車メーカーである。
 日本の自動車産業は世界でもトップレベルにあるが、トヨタ、日産のつくる量産車と違って、ミツオカのつくる車は、手づくりの少量生産である。

「独創的なクルマに乗る喜びを、より多くの人々に伝えたい」それが、光岡自動車の原点です。
私たちがつくるクルマは、すべて量産車にない個性豊かなデザイン。
オリジナリティーを追求するあまり、量産できないボディ形状となるので、FRP形状・スチールのたたき出し・溶接・ボディーのつなぎなど、クルマの製作は手作業です。
誕生したクルマは、光岡の職人「クラフトマン」が丹精込めてつくり上げた希少価値の高い一台。
もちろんそれは、完全に同じものが一台としてないあなただけのクルマです。
光岡は完全受注生産制。お気に入りの一台が見つかったら、
私たちの感性に共感していただけたなら、
その一台をあなただけのために、真心込めてつくります。
わたしたち光岡自動車は、「信頼の絆」を大切にし、「すべての人々が夢と希望と喜びを感じるような楽しい車づくり」を通じて、社会に貢献してゆくことを根本とし、あくなきチャレンジを続けていきます。
(光岡自動車 企業理念より)
■光岡自動車 http://www.mitsuoka-motor.com/

 このメッセージは光岡自動車の企業理念であるが、これをホームページで見た時、住宅と自動車と用途の違いはあっても、ものづくりの理念は変わらないのだ、と匠としての心を新たにした。
 そして、これこそものづくりの規範とすべきまさに匠道だと痛感した。このメッセージの「クルマ」というところを「家」に書き換え、「クルマに乗る」というところを「家に住む」と書き換えて、更に社名を自社名に替えれば家づくり工務店の企業理念としてこれ以上の表現はないと思う。
 わたしたち中野工務店は「信頼の絆」を大切にし、「すべての人々が夢と希望と喜びを感じるような楽しい家づくり」を通じて、社会に貢献していくことを根本とし、あくなきチャレンジを続けていきます。

 このスローガンこそ、家づくり工務店が信条として後世に伝えて行くべき道であり、匠道の本道ということができる。
 ホームページによると、この光岡自動車さんの資本金は2億2,700万円で、年間売上高は335億(2003年グループ実績)で開発車部門はその10%とのことであるから、乗用車としては33億ぐらいの数字である。自動車メーカーとしては決して大きな数字ではないが、この光岡自動車でクルマをつくるクラフトマンの誇りと、このクルマを手にしたユーザーの喜びは、他のメ−カーのそれと比べても優るとも劣るものではないであろう。
 規模は小さな工場であるが、大きな夢と、希望と、喜びを生み出だす、この志すところは、大工場に負けないという、ミツオカクラフトマンの心意気が伝わってくる。
 我々注文工務店がつくる住宅は、数を多くつくれないし、またつくろうともしない。いかに納得のできる住宅を、夢と喜びにつつんで、ユーザーに渡せるかが、全てであると信ずる。

12.番匠型住宅に夢をこめて

構造材表し内装
 過去に需要があれば何にでも手を出し、木造から、RC、鉄骨にいたるまでワイドに手がけてきたが、バブル前後の失敗の経験から自分の度量を知って、木造を主に注文住宅一筋の業態に専念してきた。現行のコマーシャルが先行する、見てくればかりの住宅の流通に、疑問を感じていたところへ、先の阪神・淡路大地震を経験し、災害に強い持続性のある住宅を目指して、「番匠型住宅」と名付けた木造住宅を開発し、平成9年に合理化認定を受けた。
 開発以来8年を経過し、種々の改良を加え自信の持てる工法に成長させることができた。新工法による、商社によるFCチエーン募集のDMが未だに後を絶たないが、それらを目にしても、我が社のシステムに優るようなものは、率直に言って未だにないと自負している。

 
番匠型住宅
我が社に依頼されたすべての人に、夢と希望と喜びを提供することを企業理念として、その実現に向かって精進する道を「匠道」と名付けた。
  番匠型住宅を匠道のレールに乗せ、顧客満足実現の夢を実現すべく社員一丸となって努力している。いままでの蓄積した我が社の技術を結集して開発した「番匠型住宅」で、家づくりを始めてから、建物引き渡し後、施主から私宛の礼状が増えてきた。そのうちの1つを紹介したい。
株式会社中野工務店  会長様、関係者一同様     
皆さんお元気ですか?
本日おかげさまで我が家が完成し引渡しが終りました。
約一年間、長いあいだ本当にお世話になりました。女房のいろいろな提案にも、快く答えていただき、結果として世界に誇れる素晴らしい家が完成しました。家のなかにいても、外から見ても、遠くから見ても超豪華な家に完成していただきまして、心よりお礼を申し上げます。
これからの、この素晴らしい自宅での生活が楽しみです。ちょうどBallから娘も孫も一時帰国し、新築の家で生活できますし、正月には外国からのお客も来られる予定で自慢ができます。
お礼として家を他の人に見せる度に、中野工務店の宣伝を行ないますし、必要であれば、いつでも見に来られても、結構ですのでご利用ください。これからも益々中野工務店のご発展をお祈りいたします。
A happy New Year to you all
 今までも、儀礼的な礼状は数多くもらってはいたが、最近は心のこもった礼状を多くもらうようになった。人の喜びを我が喜びとする、と昔教わった家づくりの一端が、やっと分かってきた。

13.世界に一つだけの花

 2003年の大晦日、NHK恒例の紅白歌合戦を聞くともなしに聞いていたら、SMAPの唄う曲に合わせて、幼稚園に通っている孫が一緒に口ずさんでいる歌が、耳にとまった。
 No.1にならなくてもいい
 もともと特別なOnly one
 識者はよく「工務店よ、地域のOnly oneになれ」と口にするが、これが具体的にどうする、となるとはっきり言って「このようにせよ」と説いてくれるコンサルタントはあまりいない。
 工務店にとって得意とする特別な唯一のものというのは、それぞれみな違うものがある。アフターフォローシステムに優れたもの、品質管理システムとか、施工管理システムとかに優れたものとか、数多くのこれだけは、他社に遅れをとらないというものがあると思う。
 しかし、どんな管理システムであろうと、ものづくり工務店にとっては枝葉のことであって、根幹をなすものは自社だけの、唯一の特別な家づくり技術を手にすることではないだろうか。
 富山のミツオカ自動車の「すべての人々に夢、希望、喜びを」の企業理念、「世界に一つだけの花」の♪小さい花や大きな花 一つとして同じものはないから NO.1にならなくてもいい もともと特別な Only One・・・。
 工務店は住宅メーカーと性質が異なる。当然、家のつくり方からPRの方法も違う。大きな花より、小さくとも美しい花はいくらでも存在する。工務店それぞれみな違う種(個性)を持つ、その花を咲かせることだけに、(その個性を伸ばすことだけに)一生懸命になればいい。
 つくる住宅の、棟数の増加だけを追求することも間違いではないと思うが、ものづくりはスポーツ競技とは違い1番2番は必要ない。 ♪それなのに僕ら人間は どうしてこうも比べたがる? 一人一人違うのにその中で 一番になりたがる
 数を追求しているハウスビルダーは、利潤の追求という性から抜けられない宿命を持っていることは容易に理解できる。このことを家づくりの邪道だと言うつもりはないが、我々工務店の歩むべき道ではない。

 また、多くの関係者が工務店と次元の違うハウスビルダーと比べたり、競ったりすること自体、ナンセンスである。
 工務店が現代のユーザーにアピールするデザインで、災害にビクともしない安全な、長持ちのする住宅を、適正なコストでつくれる技術を根幹として確立できたら、その技術を生かすための枝葉としての管理システムを構築することが必須の条件である。
 どこかで、おまえの言うことは、一番になれなかったおまえの負け惜しみだよ、事業は規模で競うもの、勝ち組と負け組の二極しかない、という声が聞こえてきそうだ。
 商法を基準とするならばそうかも知れないが、工務店として、匠法という規範で計ったら、規模、利潤の追求が全てではないということが分かってくる。
 私が戦後すぐ大工の見習いに従事してから、今年で60年、人間で言えば還暦を迎えたことになる。
 振り返れば、若さにまかせて、こわいもの知らずにいろいろと手を出した。と言っても建築の分野に限ってはいたが。
 この長い経験で私なりにつかんだものが、家づくりを業とする者の心構えとでも言うべきものであり、勝手に「匠道」とか「匠法」とか名付けた。
 匠道は商道と違って、生業(なりわい)を金儲けの手段としてはいけない。金を儲けたかったら間違っても家づくり工務店になってはいけない。
 匠道に従えば必要な利潤は自然に与えられるものであると先人から教えられた。匠道に外れても一時の資産は手にすることができる。しかし誠の働きによらないものであるならば、借りを返すようにいつかは消えていくとも教わった。
 ここまで書いてくると、また「くだらない精神論はやめろ」という叱責が聞こえてきそうだが、少なくとも、我が社をこれからも持続してくれるであろう我が社の後継者にだけは、この「匠道」を伝承してもらいたいと願ってやまない。

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『往技来住』は今回で最終回です。ご愛読ありがとうございました。
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